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 永倉新八 |  島田魁 |
新選組二番隊組長の永倉新八は1856年(安政3年)、築土神社氏子内の坪内主馬(つぼうちしゅめ :1830-1881年)の道場に剣術修行のため入塾した。坪内主馬は御小納戸(幕府の雑用係)・坪内主膳公武の嫡男で、最初「藤右エ門」、後に「主馬」と改名。安政5年(1858年)尾張屋板江戸図(下図)によると現在の千代田区富士見2丁目13番地に「坪内藤右エ門」とあり、ここが坪内主馬の道場である(□)。
永倉はその後、坪内道場で師範代を勤めたが、後の新選組伍長 ・島田魁(しまだかい :1826-1900年)も当時ここで修行しており、その縁で永倉と知り合って新選組に入隊した(現存する島田魁直筆の履歴書には確かに「心形刀流剣術免許済 元徳川藩坪内主馬門人」と記されている)。 |
 ●が世継稲荷(現・築土神社)で□が「坪内藤右エ門」の道場(参考:安政5年尾張屋板江戸図)
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